3.1.28 仄暗く美しい雨粒に閉じ込められた世界で 

 その世界観の何が僕にそれほどヒットしたのかわからないけれど、何だかことあるごとに聞き直したい音声作品というものがある。藍月なくるさんの『Merry Happy END』。目覚めは病室で、やがては半同棲的に物語は進んでいく。病的な蒼さが窓辺から差し込む光によって神聖さを獲得しているかのようなジャケットが印象的だ。


 始まりはまったくの初対面にもかかわらず、彼女との距離は近い。同い年という一点によって打ち砕け、病室でのお世話を引き受け、退院してまでも自然な形で寄り添っている。元々は事故に遭いそうになっていた彼女を助けたのがこの聞き手という設定だ。少し踏み込みすぎのような面倒見の良さ。神経質なまでに聞き手の体調を気遣い、恩返しという名目で部屋まで付いてきて、あらゆる雑事に身を費やす。盲目的にすら感じる献身ぶりは、実は彼女の「性質」に関わっていて……というのがこの作品の肝だ。


 オルゴールの代わりとして赤ちゃんに聴かせても安全なくらい健全な音声作品なので、安眠的効用は溢れるほどある。彼女の声は優しく、静かで、心地が良い。絶えず降り続く雨音が二人だけの空間を包み込むように鳴っている。疲れているけれどすぐには眠れそうにないというときには何となくこの作品を聴くことが多い。柔らかな膜の中に含まれていく。ゆったりと瞼が重くなり、気が付いたときには僕はどこにもいない。現実が遠く追いやられ、自己完結的な夢の中に落ちていく。


 何度聞いても聞き飽きないのは、彼女の声の中にうっすらと潜む仄暗さを感じるからだろう。二人だけの空間がいとも自然に感じられ、リラックスしてきたときに、ふと小さな針の痛みを皮膚に感じるみたいに彼女の焦燥や依存的執着心が垣間見える。その度に事態のちょっとした異常さ(親しくもない相手と一つ屋根の下にいる事実)を自覚させられるが、結局のところ「まぁ、どうでもいいか」という気持ちになってしまう。こんなに可愛く献身的な子にいろいろお世話してもらえているという事実以上に何が必要だろう? 病んで歪んでいく空間すら愛おしい。堕ちて、絆され、どっぷりと深みに嵌まっていく。依存され、執着され、自由を束縛されようとも、一向に構わない。ずぶずぶと生温い泥沼の中に一緒に沈んでいきたい。


 むしろ、そうした希死想念、破滅願望があまりに温かく心地良いが故のこの眠気なのかもしれない。普段隠している(隠さなければならない)その祈りが彼女の声によって表出され、聞き惚れてしまうのだ。手を握り、彼女の爪で手首を切り裂かれ、ぬめった血の滴りで僕と彼女の生を繋ぐ。そうやって二人笑って死ねるなら幸せだな、なんてことを思ってしまう(気軽に重苦しくもなくね)。