3.3.8 語る言葉も持たず

 人と喋りたいと思わない。というより、人と喋ることが楽しいという価値観を持ち得ない。人と喋っていると余計なことを言ってしまったり、嘘をついているわけではないのに後で思い返すと嘘になっているなということがあったり、面白い返しができないと自己嫌悪に陥ってしまったりととかく面倒くさい。もちろん完全に自己責任というか、そんなに気負う必要ないのにと自分でも思うけれど、そもそも人と話さなければこんな気持ちにはならない。ただ人と話したくない。
 

 でも、世の中の大半の人は喋ることで社会性を向上させてきた人たちだし、コミュニケーションによって社会を発達させてきた類人猿として立派に他人とおしゃべりするし、なんなら悪口陰口という高度な技術を使って共通の仮想敵を作り出し、とりあえずはちゃんとした輪っかを完成させる。真似できない。人を嫌いになることはあるし、いらっとすることもあるけれど、共感を求めたいと思わない。俺が俺で勝手にむかついていればいいのだ。俺以外の誰かにとっては、俺の怒りや苛立ちなんて無関係じゃないか? もちろん、他人様に迷惑をかけないように……でも、この他人様に迷惑をかけないようにってのも暗黙的コミュニケーションの一つなのが嫌だ。何だか自分が誰かに勝手に怒りを抱くことすら許されていないような気がする。嫌なことがあれば共感を求めよ、せねば認めん……そういうことを思うのは俺だけなのだろうか。
 

 「普通」の共感が厄介だ。そこには確実に絶対的なルールが存在している。個人という存在を無視した暗黙的普遍ルール。そんなの俺にわかるわけないよ。