2.12.20 涙も出ない夜に『BUD SHANK QUARTET』

 

 

 

 

 想像していたのは乾ききった大地をオープン・カーで疾走するような音楽だった。少なくとも、僕が想像していたウエスト・コースト・ジャズとはそういうものだった。


 初めの一音が鳴ったとき、伸びやかで深みのあるアルト・ソックスの音色が耳に届く。落ち着いた流麗なプレイ。やがて疾走感をつれ、刺激的なカルテット・ソングへと連結していく。そこに広がるのは西部の夜。気怠げな風が吹き、街の明かりが点在し、星々は抜かりなく輝いている。


 2曲目の『ネイチャー・ボーイ』は幻想的で叙情性が溢れる。バド・シャンクの妖しささえ漂うフルートの音色が、カルテットの精鋭が作り出す豊穣な土台の上で美しく咲いていく。クロード・ウィリアムソンが随所に散りばめる音のマジック。夜空に置いてきた音の波紋が、全方位的に移ろうバド・シャンクの音色にまろやかに広がっていく。


 3曲目の『オーズ・ジス・アンド・ヘブン・トゥー』では、力強くもどこか浮世離れした響きに心を持っていかれる。ムードを整える音楽が深みを増していく夜の帳を薄くめくっていく。そこにあるのは、天の川のような星空が紫の色彩を帯びて流れている情景だ。涙も出ない夜に、こんな音楽が聴きたい。涙を失ったことを嘆くわけでもなく、ただ慣れきった孤独が虫喰いのように空けてしまった胸の奥の空洞のために。何かが響く、何かがひどく堪える。脈動を伴うそんな感情は、もう起こらないかもしれない。そんな悲しみにも似た諦念のために、僕はこんな音楽が聴きたい。


 始めに持っていたイメージは間違いではない。だけど、僕がこのアルバムに手を伸ばすとき、僕が求めるのはそれではない。静寂を意識させられる独りぼっちの夜更けに、僕はこのアルバムを取り出し、そのアンニュイなジャケットと目を合わせるだろう。