3.3.6 死んだ方がマシなまま生きている

Desperado

Desperado

 日付を書いた時点で思い出したけれど、今日はぼくの誕生日だった。忘れていたわけじゃないけれど、特別な意味はない。26歳の記念すべきこともない誕生日がこんなタイトルなんて、死神に憑かれているとしか思えない。
 

 喋るのが苦手だ。人の顔色を気にしてはいるが、優しさを与える、示すのが難しい。それは優しさですらないから、空っぽなところから何かを出そうとしても何も出てこないのはしょうがないのかもしれない。とことん生きるのが苦手だ。人間らしく振る舞えない。関係を築くのは今となってはキツいことだらけだし、できるだけやり過ごしたいと考えている。何もかもから逃げたい。そのくせまるっきり期待されないとそれはそれでキツい。どうしようもない。努力するつもりもないくせに。
 

 どうやったら生きていたいと思うのだろう? イーグルスの『Despread』で「誰かを愛さなくちゃならない。手遅れになってしまう前に』という歌詞があるけれど、ぼくの心はまるっきり『手遅れになってしまった感』で煮詰まっている。脱却することに本気になれない。中途半端に「これでもいいか」と思いながら、社会不適合者発揮の渦中では常に「死にたい」と考えることで逃げている。もっと単純に、自分の身の丈に合った仕事をしていれば良かったのだが……。辞めればいいのだけれど、本当に。……こういうのってなんか泣きたくなってくる。
 

 頭の中の「まともな大人」がそうやって頭の中でグズグズ考えているだけで何も行動していないじゃないか。自分を正当化しているだけだと行ってくる。そいつから逃れられない。自分の中に一欠片の良心すら残っていないような気がしてくる。あいつはダメだ。普通のこともまともにできない。自分を変えようとも思っていない。期待するだけ無駄。あいつはそういうやつだからただほおっておけ……うん、それでもいい。でも、本当にそれでいいのかはもうよくわからない。
 

 こういう自分を引き摺って丸26年。まともな時代があったような気がする。それは写真の中にしか存在しない。あんな綺麗な目にはもう二度となれない。それは決定的で、それだけが嘘のない真実。


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